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ベンゼン一置換体の反応性と配向性

分子静電ポテンシャルマップ

 分子静電ポテンシャル(Molecular Electrostatic Potential:MEP)マップを見てみよう。

MEPマップの見方を説明する。赤色ほど静電ポテンシャルが小さい、すなわち電子が多く、逆に、青色ほど静電ポテンシャルが大きい、すなわち電子が少ない。

 

ベンゼンとニトロベンゼンのMEPマップを比較すると、ニトロベンゼンの芳香環は電子不足(薄青)であり、求電子反応に対して不活性化することが分かる。次にベンゼンとクロロベンゼンのMEPマップだが、これもまた求電子反応に対して不活性化していることが分かる。

 

この図から配向性は判断できるだろうか。じっくりと見ても分かるはずがなく、違いは見えない。よって別の手段を考えねばならない。

 

フロンティア軌道と配向性

ここでフロンティア軌道を考えよう。配向性は求電子反応に関わるので、HOMOを考えてやればよい。等電子密度表面の値を0.0900とすると、クロロベンゼン、ニトロベンゼンのHOMOは

クロロベンゼン

ニトロベンゼン


となる。ベンゼンは対称性からどこが何位か区別できないのであまり結果を気にしなくてもよい。またこれよりクロロベンゼンがop配向性を示すのはすぐに理解できる。

 

 しかしニトロベンゼンはomが同じではないか?これを解決するためにHOMOから一つ下の軌道(HOMO-1)を考えよう。ニトロベンゼンのHOMO-1は

となる。次にHOMOとHOMO-1を重ね合わせると以下のようになる。

HOMO

HOMO-1


となる。HOMO-1においてmの方がoよりも軌道の広がりが大きいので、全体としてmでの軌道の広がりが最も大きくなるということだ。したがって、ニトロベンゼンがm配向性を持つことが分かる。

 

 「HOMO-1を持ち出すのはフロンティア軌道論から反するのではないか」、と思うかもしれないが、このような議論が出来たのはHOMOとHOMO-1のエネルギー差が0.0044hartreeと、かなり小さいことが主な理由である。以上の議論に関連したことを、福井謙一博士がノーベル賞受賞講演において次のように述べておられた。(日本化学会編,1983,『福井謙一とフロンティア軌道理論 (化学総説 (No.38))』,学会出版センター,p.6)

『「HOMOとLUMOだけが反応経路を決めるのは、一体どうしてか」という質問は、過去に私が方々で行った公演で、聴衆からたびたび受けたものでした。いままで述べてきたことは、少なくともその答えの一部にはなっていると思います。しかし、HOMOとLUMOにそれほど厳密にこだわる必要はないのです。置換反応のように軌道の対称性に無関係な一中心の反応においては、HOMOに非常に近接した準位の軌道があれば、当然その軌道をも考慮に入れるべきなのです。』

 

したがってHOMO-1を議論に加えても(今の場合は)問題ないのである。なお実際の反応割合は熱力学的な安定性も考慮すると、o:m:p=19:80:1くらいになる。o位は立体障害が大きいのだ。

 

 ところで、「クロロベンゼンだとはっきり違いが出たのに、ニトロベンゼンだとどうしてここまで考えなければならないのか」、と思うだろう。これはm位の電子密度が絶対的に高くなっているわけではなく、あくまでopに比べて相対的に高くなっているだけであることが主な理由である(これは電子論的説明である)。

 さらに「クロロベンゼンもニトロベンゼンも、置換基が付いている位置での軌道の広がりが大きいが、ここでも反応は起こらないのか」、と思うだろう。この位置をipso位というが、この疑問は正しく、実際ipso位置換はかなり多い。

 

電子密度解析(population analysis:PA)

さて、軌道論抜きで配向性を知ることは出来ないだろうか。これに関しては視覚的に判断する計算結果の表示方法が(FacioとMolekelには)無いので、結果ファイル(.out)の数値を見てみよう。見るのは電子密度解析(population analysis:PA)の結果であり、次の部分がそれに対応している(クロロベンゼンの計算結果(B3LYP/6-31G(d))である)。

 

TOTAL MULLIKEN AND LOWDIN ATOMIC POPULATIONS

    ATOM           MULL.POP.      CHARGE        LOW.POP.       CHARGE

    1 C             6.130495       -0.130495      6.159052       -0.159052
    2 H             0.846359        0.153641      0.830312        0.169688
    3 C             6.062062       -0.062062      6.067446       -0.067446
    4 C             6.122588       -0.122588      6.148810       -0.148810
    5 C             6.126712       -0.126712      6.157728       -0.157728
    6 C             6.130344       -0.130344      6.161540       -0.161540
    7 C             6.122701       -0.122701      6.145423       -0.145423
    8 H             0.859948        0.140052      0.834805        0.165195
    9 H             0.864229        0.135771      0.837148        0.162852
   10 CL           17.028244       -0.028244     16.992486        0.007514
   11 H             0.846374        0.153626      0.826993        0.173007
   12 H             0.859944        0.140056      0.838257        0.161743

これを探すにはファイル内検索(windowsだとctrl+f)をすれば速い。電子密度解析の結果はMulliken電子密度解析(MPA)とLöwdin電子密度解析(LPA)の2種類ある。POP.は原子の周りの電子数、CHARGEは原子の電荷を示す。大抵の場合、左側のMPAの結果で十分だが、MPAは少し数値に不安定性がある。LPAはMPAの問題点をほぼ改善したものである。もちろん電子が特定の原子に属するということの絶対的な定義はない(分子を形成している状態ではどこまでが「1つの原子」か境界が分からない)ので、どちらを用いても基本的に問題はない。以下でLPAを用いるのはなんとなくである。

 

 さて、上記の結果のうち、Löwdin電荷をクロロベンゼンの分子上にプロットしたものは以下のようになる。

これを見れば、電荷の値からop配向性であることが分かる(求電子反応は電子数が多いところで反応する。)。ニトロベンゼンについて同様に行なうと、

となり、m配向性であることが分かる。

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コメント: 1
  • #1

    研究1年生 (Monday, 03 February 2020 18:48)

    p-benzoquinone imine,の場合、Oに比べNの方が電気陰性度は小さくNのほうが不安定となるはずなのになぜ、分子軌道ではNのほうが安定となるのですか?