清水徹男「不眠とうつ病」

 

~「ヒトはなぜ眠る?」その答えはいまだ不明です。~

 

人間は、人生の約1/3を睡眠に費やす。コアラやナマケモノは、一日の睡眠時間が20時間以上、すなわち生涯の八割以上の時間を睡眠に使っていることになる。考えてみれば不思議なことである。寝ている間というのは、餌を取ったり子育てをしたり、生きるのに必要な活動が何もできない。意識がないため、外敵からの襲来には完全に無防備である。睡眠というのは、生きる上で最も無駄な活動に思える。にも拘わらず、生物は眠る。誰に教わったわけでもなく。そして、無理に睡眠を削ろうとすると、体は機能しなくなる―循環器や内分泌系といった、一見何の関係もなさそうなシステムが。

「不眠とうつ病」と題された本書には、不眠症の病態や対策が事細かに記されているだけでなく、随所に「睡眠学」のエッセンスが散りばめられている。のっけから、アルツハイマー病の原因物質と言われているアミロイドβの髄液中濃度が、睡眠前後で違ったという衝撃的な論文が登場する。プリオンと言われる異常タンパクによる原因不明の「致死性不眠症」の話や、睡眠障害の一種であるナルコレプシーの自己免疫疾患との関連など、興味を掻き立てられる話題が目白押しだ。

睡眠と関わる生命現象の多さには舌を巻く。神経系や血液系はもちろん、消化器系、内分泌系を司る生化学経路や免疫機能に至るまで、睡眠との関係性を探る仮説が上げられていく。生体時計に関連した遺伝子のほとんどが代謝系に関わっており、その遺伝子を調節するのが「光」なのだとか。この事実を利用した「光療法」が実際に行われていると聞くと、睡眠こそが、基礎と臨床の様々な分野を繋ぐ可能性を秘めたパイプ役なのではないかという気さえしてくる。

実際、時間生物学は現在上り調子の分野で、2017年のノーベル生理学・医学賞は生体時計遺伝子の発見者に送られた。2012年には筑波大学で、世界トップレベル国際研究拠点の国際統合睡眠医科学研究機構(IIIS)が誕生するなど、睡眠の解明に対する期待の大きさが伺える。将来医学研究者になるという人は、この本のページを捲ってみて、面白い研究テーマを考えてみてもいいかもしれない。

ただ、そんなに難しいことを考えずとも、健康であり続けるためには上質の睡眠が必要だという意見は誰もが頷くところだ。一般の方は、眠りというブラックボックスの解明は置いておいて、とりあえずストレスをあまり溜めずに、夜はほどほどに寝てしまいましょう、ということである。

(岩波書店、2015年)

関連URL

2017年ノーベル生理学・医学賞のプレス・リリース

https://www.nobelprize.org/nobel_prizes/medicine/laureates/2017/press.html

 

筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構。著者も研究員として参加している。

https://wpi-iiis.tsukuba.ac.jp/japanese/