津田敏秀「医学的根拠とは何か」

 

~動物実験が必要ないとは言いませんが、

人間に当てはまらない実験を何のためにしているのでしょうか。~

 

タイトルだけ見るとニッチな話題かと思うが、とんでもない、医学の本質を突いた一冊である。この分野に少しでも関わっている人間なら、少なからぬ衝撃を受けるであろう。

医学というのは他の理系の学問、すなわち数学や物理学や化学とは、本質的に異なる。物理学や化学においては、学問の基礎となる原理や原則が、ほとんど解明されている。現在これらの学問の主眼は、既に確立された理論を応用していかに我々の生活を向上させるか、ということにあるだろう(例外はあるが)。ところが医学の場合、病気の本質的な仕組みというのは理論立っていない。医師が見ることが出来るのは、現実に苦しんでいる生身の患者だけである。従って我々は限られた情報から、その病変がいかにして起こったのかを推測しなければならない。原理から現象に昇華させていく物理学や化学とは逆に、現象から原理へと降りていくことが求められるのだ。

そんな中でも、医学者は少しずつ、病気の仕組みを解明しつつある。ここ数十年で確立された分子生物学的手法に加え、最近は遺伝子解析の技術も発展し、ますます病気をミクロな視点で見られるようになった。最先端の科学技術で、がんや認知症といった高い壁に挑んでいこう……、というような、医師たちが抱いている夢物語が、この本では全否定される。原因と結果が一対一で対応しない医学に、そもそも純粋科学的なアプローチは向かない。がん一つとっても、社会的なものから遺伝的なものまで、無限に近い要因がある。それらを一つずつ潰していくことに、何の意味があるだろう。それならば、病気に対して実験室的なアプローチでなく、トップダウン型の方法を取ろうではないか―というのが、筆者の主張である。

では、その方法とは何かというと、統計学なのである。本書では最初から最後まで、他の医学的アプローチに対する統計学の優位がこれでもかというほど示される。例えば放射線が人体に有害かどうか調べたいときに、動物実験で結論を出そうとするから、「影響があるかどうかは医学的には証明できません」などと歯切れの悪いことになるのだ、福島の原発事故の被害者という「生データ」を見てみよ、影響があることなど一目瞭然であろう、と。どの話題についてもこの調子で、いわゆる「基礎研究者」が、これ以上ないほど強い言葉で糾弾されていく。

『基礎研究や分子メカニズム研究がなぜ必要かと尋ねれば、「真理を追究するため」と答えるだろう。しかしそれは社会や人間を相手にしない医学部の世界では通用しても、社会が期待する応用科学としての医学とは乖離する。そんなものが真理と言えるのか。』

正直に言って、悔しい。自分が医学生としてどうあればいいのか、自信がなくなってくる。でも、彼の主張は正しいし、論理も裏付けも完璧だ。ページを捲るごとに、色々なことを頭に巡らさざるををえない。将来医学に携わる人は、ぜひ一度、この敗北感を味わってみて下さい(笑)。

(岩波書店、2013年)