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紫外線・可視光(UV/VIS)吸収スペクトルの計算(Firefly)

(著)山たー

紫外線・可視光(UV/VIS)吸収スペクトル

紫外線・可視光(UV/VIS)吸収スペクトルというのは、物質が吸収する光の波長と吸光度を図に表したものです。赤外(IR)吸収スペクトルと異なるのは、測定する光の波長域です。紫外線は180~400nm, 可視光線は400~780nmの波長域を持ちますので、180~780nm辺りの波長を持つ光の吸光度を求めることとなります。

 

今回は、量子化学計算によって、UV/VISスペクトルを求めますが、本来は、物質に紫外線・可視光線を照射し、透過した光の強度をそれぞれの波長に対して測定することで求めます。

 

吸収する光の波長を求めるということは、逆に言えば吸収しない光の波長、つまり物質が反射する光の波長を求めることになります。ゆえに、UV/VISスペクトルを用いることで、物質の持つ「色」を説明することができるのです。

 

この他、反応速度やpKa値を算出するのにもUV/VISスペクトルが用いられます。これは計算ではなく、実験によって計測した値を使います。

 

今回は、アリザリンを例にとってUV/VISスペクトルをFireflyで計算し、計算結果を見ることを目標とします。

 

アリザリン(alizarin)

アリザリンの構造式は以下の通りです。

3Dmolで表示すると、以下のようになります。

アリザリンは赤色の染料として用いられ、その結晶は橙色をしています(図はWikipediaより引用)。

励起状態とTD-DFT法

UV/VIS吸収スペクトルを求めるには、電子の励起状態を求めなくてはなりません。励起状態を求める理由ですが、そもそも、光を吸収するとはどういうことか、という話をしましょう。物質は光を受けると、物質を構成する原子内の電子が励起します。その励起する際に、電子の元のエネルギー準位と励起した後のエネルギー準位の差に応じた光を吸収します(これはE=hνの式によります)。なので、分子内の電子の励起状態のエネルギー(励起エネルギー)を計算して基底状態とのエネルギー差を求めることで、吸収する光の波長が求められます。

 

励起エネルギーの計算には、時間依存密度汎関数(Time-Dependent DFT :TD-DFT)法を用います。TD-DFT法では時間依存する電子密度についての汎関数から成る方程式を計算することで、電子状態の時間発展が求められます。Hohenberg-Kohnの定理が、DFT法の基本定理ですが、それに対し、TD-DFT法はRunge-Grossの定理に基づいています。

 

TD-DFT法を使えばなぜ励起状態が計算できるかということですが、それには配置間相互作用(configuration interaction:CI)法というポストHF法を理解することが足掛かりとなります(今回は説明をしません)。

 

UV/VISスペクトルの計算方法

計算手順は以下の通りです。

① 構造最適化(RUNTYP=OPTIMIZE)をする

② TD-DFT法によって励起エネルギー(RUNTYP=ENERGY)の計算をする

③ Winmostarによって計算結果の表示をする

①構造最適化

まずは構造最適化をします。構造は構造式を参考にWinmostarで作成するか、PubChemQCAlizarinのページから入手しましょう(FIREFLY INPUT (ground,generated)と書かれたファイルです)。

 

Facioを開いて構造を読み込んだら、以下のように最適構造をDFT-B3LYP/6-31G(d)で計算しましょう。

②励起状態の計算

最適構造の計算が終われば、次にTD-DFT法による計算を行ないます。まず、計算パネルを以下のように設定します。RUNTYP=ENERGYにしますが、これは読み込んだ構造のエネルギーを計算するだけで、構造は変化させません。パネルの右側は右下のMore Optionsを選択すれば表示されます。

 

この状態から左下のPreview/Edit inputを選択し、

$TDDFT NSTATE=15 $END

と設定します(下図青色部)。NSTATEの値は計算する励起状態の数です。UV/VISスペクトルを計算する場合は10以上であればよいですが、今回は15にします。

 

この状態でApplyを押して、Execute Calculationで計算を実行します。Applyを押した後、設定ウィンドウの方で設定を変更するとEditで追加した内容が消えてしまうので注意してください。

 

実行後、 

Execution of GAMESS terminated abnormally
*** Firefly Output ***
*************************************
 Fatal error in CISAO, error code =        -2
*************************************

 

などというエラーが出ることがあります。エラーが出た場合は、設定を見直して、少し精度を落としたり、NSTATEの値を小さくしましょう。

 

③計算結果の表示

計算が終われば、Winmostarで計算結果を読み込みます。QMより、下図のように選択しましょう(ファイル > インポートからでもいいです)。

 

ここから結果ファイル(.out)を開きます。今回の例ではalizarin_TD-DFT_B3LYP_6-31Gd.outです(もちろんファイル名は自由につけていいです)。ファイルを読み込むと、以下のようなウィンドウが表示されます。

 

 

この右上の緑色のウィンドウが目的のUV/VISスペクトルです。表示されない場合は計算設定を見直しましょう。

 

ウィンドウを拡大すると、次のようになります。

 

左側の値は、eVが吸収する光のエネルギー、nmが光の波長、fが振動子強度(光を吸収する強さ)を表しています。この場合、振動数強度が最も高い波長は238.17nmです。

 

結果の考察

NIST のデータとの比較

今回の計算結果を、NIST Chemistry WebBookAlizarinのページにあるUV/VISスペクトルと比較してみましょう。

370nm~400nm辺りなど、一致しない部分もありますが、概ね一致していることが分かります。

 

色についての考察

400~500nmは光のスペクトルで言うところの紫から青の領域であり、この部分を吸収するということは、反射光はその補色、つまり黄色から赤の領域の光を足し合わせた色となります。それゆえ、アリザリンは橙色の結晶となるのです。