光学vs電磁気学:高等学校教育からの脱出

written by 優曇華院

今回は今でも論争があるネタについて話そうと思います。高校物理程度の知識が必要になるでしょう。

(タグがエッセイなのか物理なのか怪しい)

 

下の画像見てピンと来た人も多いと思います。(来なかった人は私とみっちり高校物理のお勉強をしましょう)

 

ホイヘンスの原理です.

 

ホイヘンスの原理は,波面上の各点から要素波とかいうものが出ていると考えればその後の波面の様子が分かるというものでした。ちなみに,ホイヘンスの原理では波面が後退することも考えられます。ホイヘンスの原理を数式的に表し,後退しないことを示したのがキルヒホッフの積分定理です。

 

キルヒホッフの積分定理:

$$ \xi(\boldsymbol{r}_0, t)=\frac{1}{4\pi}\int \!\!\! \int_S\left[\xi\frac{\partial}{\partial n}\left(\dfrac{1}{r}\right)-\frac{1}{rv}\frac{\partial r}{\partial n}\frac{\partial \xi}{\partial t}-\frac{1}{r}\frac{\partial \xi}{\partial n}\right]_{t-r/v}dS,\ r:=|\boldsymbol{r}_0-\boldsymbol{r}| $$

さて,上の図を見てください。これは光学的に性質の異なる媒質へ光が入射したために起こる現象で,屈折と言います。(何をいまさら)

 

この図は,光の進む速さに比例する動径が描く曲面を表したもので,法線速度面などと呼ばれます。つまり,屈折率に逆比例する動径の描く曲面です。

法線速度面を使って屈折角を見出すには,これに対する包絡線を引いて,それに直交する法線を作ればよい訳です。これは高校物理でもやったことですね。

 

ですが,これって面倒じゃないですか?分かりにくいし。実際,私のところにも多くの生徒さんが質問に来ます。

 

もう一つのやり方が,屈折率ベクトル面という考え方です。

屈折率ベクトルは,今の場合は波数のみに比例するベクトルと考えてください。屈折率ベクトル面はフレネル方程式から決定される曲面ですが,等方性媒質の場合は屈折率に比例する動径が決定する球面となります。

屈折率ベクトル面を使って屈折角を見出すには,波数の境界面に平行な成分が不変という性質を利用します。入射光の屈折率ベクトルの平行成分を見出し,屈折光の屈折率ベクトルのうち,そのような成分を持つ点を見つけると,その方向が波数の向きとなります。

フレネル方程式:

$$ n^2(\varepsilon_{\xi}{n_\xi}^2+\varepsilon_{\eta}{n_\eta}^2+\varepsilon_{\zeta}{n_\zeta}^2) -\mu{c}^2\left[{n_\xi}^2\varepsilon_\xi(\varepsilon_\eta+\varepsilon_\zeta) +{n_\eta}^2\varepsilon_\eta(\varepsilon_\zeta+\varepsilon_\xi) +{n_\zeta}^2\varepsilon_\zeta(\varepsilon_\eta+\varepsilon_\xi)\right] +\mu^2{c}^4\varepsilon_\xi\varepsilon_\eta\varepsilon_\zeta=0 $$

 

 左側が法線速度面,右側が屈折率ベクトル面を使った方法。

屈折率ベクトルの方がスッキリして見えますね。では,なぜこちらを使わないかと言うと,屈折率ベクトル面は実際は実空間でなく,屈折率ベクトル空間で作られる曲面であるからです。

それに対し,法線速度面は実空間で作られるものなので,考えやすいという訳です。

 

光学の多くの教科書は,M. Born, Principles of Optics に倣って,法線速度面を使っています。それに対し,多くの電磁気学の教科書は屈折率ベクトル面を使っています。L. D. Landau and E. M. Lifshitz Electrodynamics of Continuous Mediaでは,

A much less convenient concept called the "surface of normals" or "surface of indices" has often been used; it is obtained by taking a point at a distance 1/n (instead of n) in each direction.

とまで言われています。

 

このように,光学と電磁気学で使う方法が異なるというのはとても興味深いです。

その一つの原因としては,光学では幾何的解釈,ホイヘンスの原理やキルヒホッフの積分定理など,実空間を取った手法が多く用いられているからでしょう。幾何光学の成り立ちは古く,古代ギリシアで生まれ,10世紀には既に体系的な書物ができていたといいます。

これに対し,電磁気学的な現象が発見されたのは同じく古代ギリシアですが,発展したのは16~17世紀と光学に比べるとずいぶん遅いです。この間に数学が発展し,物理学者は様々なツールを使えるようになったのでしょう。その結果,屈折率ベクトル面と言うより良い方法が作られたのだと思います。

 

このように考えると,ランダウらの指摘は確かに的を射ていると言えます。

さらに,上の場合は等方性媒質を考えましたが,異方性媒質になると屈折率ベクトル面の方が圧倒的に考えやすいです。

 

現在,この方法はどちらも使われていますが,この先,法線速度面は廃れていくのでしょうか。どうなるかとても興味深いです。ですが,やはり高校物理では法線速度面のみを使う習慣は変わらないでしょう。

 

高校物理は物理学のほんの一部しか扱っていません。その理論のほとんどは19世紀には完成されていたといっても過言ではありません。しかも,その理論の一部しか扱いませんし,高校生に教えている内容には不透明な部分や嘘が多く混じっています。

私も物理を理解しているという訳ではないですが,大学に入ってから物理学の奥深さを味わっています。

必ずしも物理である必要はありません。自らの知的好奇心を掻き立てるような学問を見つけてください。知ることの喜びは何にも代えがたいものです。

 

最近理学部のような気がしてきた優曇華院でした。