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ナノプシャンと化学教育

ナノプシャンと分子マシン

 地味にエッセイに投稿するのは初だったりします。山たーです。脈絡がないですが、次の化学構造式を見てください。

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ギャグみたいですが、別に構造式で遊んでいるわけではありません(ちなみにChemSketchを用いて描きました)。これはれっきとした芳香族の一種です。と言っても、もちろん人工的に合成されたわけですが(Rice 大学のJames M. Tour教授らによって合成されました)。この分子はナノプシャン(nanoputian)という分子の種類の一種、ナノキッド(nanokid)と言います。ナノプシャンとは「ナノメートルの小人」という意味です(その辺はwikipediaを見てください)。

 それで構造式を見れば整った人型に見えるわけなんですが、構造式は別に実際の形を書く必要はなく、原子間の繋がりが分かればよいことを思い出してください。構造解析(計算精度はHF/STO-3G)をすると、次のようになります。

構造解析の結果を見て初めに思ったのは、水素原子が邪魔だなあ、ということと、首曲がってんなということです(しょーもない…)。

 さて、このナノプシャンですが、実用性はあるのか、と聞かれると、ないと言わざるを得ません。しかし、分子を思い通りに設計し、合成するということには大きな意味があるわけです。ナノプシャンを合成したJames M. Tour教授はその他にもナノカーという分子を合成しています。構造式は以下のようになります(描くのにかなり苦労しました…)。

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これは分子マシンの一種で、フラーレンを「タイヤ」代わりに回転させて進みます。分子マシンと言えば、2016年のノーベル化学賞が「分子マシンの設計と合成」でしたので、ご存知の方も多いでしょう(と言ってもマスメディアは日本人が受賞するかどうかしか興味がないので知らないかもしれませんが)。まだ実用的な段階ではないのですが、生体内での分子の機能によく似ており(モータータンパクというのを聞いたことがあると思います。鞭毛を動かす機構などに備わっています)、将来的には医療に使えたりしないかなあと個人的に期待しています(もうSFの世界ですね)。

 

 話を戻しましょう。そもそも何故James M. Tour教授はナノプシャンなるものを合成したかというと、子供に化学の面白さ・奥深さ(具体的にはナノテクノロジーについて)を知ってもらうためです。それで、そもそも何故私がこれについての記事を書こうと思ったかというと、小学生用の教材にナノプシャンが載っていたからです。それを見たときは「お、ナノプシャンや。高校生の教材かな」と思ったものですが、小学生向けで驚いた覚えがあります。「構造式とか小学生は分らんやろ…」というのが率直な感想でした。

 

化学教育について

 さて、ここから化学を、特に高校生に対してどう教えればいいのだろうと、私が思ったことを書きます。別にしっかりしたものではないです。もし新しい教育法を思いついたら論文にしろって話ですね。

 それで、はっきり言って高校までの化学はほぼ暗記です。まあ、それを言えば全教科そうなのですが。高校の化学は分かりづらいったらありゃしないことで、「なんでそうなるの」という疑問がバンバン出てくるくせに答えが何処にも載っていないのです。その後、大学に入って化学反応の勉強をして「ああ、そうだったのか」と納得できた反応が多いこと多いこと。それで高校の化学は分かったと思い、医学部に再受験したときは高得点とれるかと思いきや、大学で勉強したことがほとんど使えなくて焦ったものです(アタリマエ)。化合物名を英語で書いた後、カタカナに直すとかいう阿保みたいなことをしていました。

 また脱線してしまいました。戻りましょう。化学の成績を伸ばすにはどうすれば良いのかという話ですが、月並みな考え方として、化学に興味を持つことが大事であると思います。もちろんこれはあらゆる学問に通じるものです。興味を持てば自分で勝手に勉強するし、成績も上がる。しかし、興味を自分で持ってくれる生徒ならよいのですが、世の中そんな人間だけではありません(医学部にいると感覚が狂います)。興味を持てない生徒に興味を持たせるにはどうすれば良いだろうかと色々考えましたが、結局のところ視覚的に面白い・美しいと思わせるのがいいんじゃないかと思います。最近の中高生は本じゃなくて動画を見たがりますよね。それと同じです。化学ではなくなりますが、例えば生徒に太陽系の話をするときにProcessingで作った太陽系シミュレータを見せたところ、それまでぐだっとしていた生徒にも良い反応をしてもらえた覚えがあります。

 そういうわけで、今回紹介したナノプシャンを生徒に紹介することは良いのではないかと思います。受験に関係ないことを教えるなと言われそうですが、教師は生徒に知識を与えるだけではだめなのです。それに加えて、生徒に興味を持たせ自分で勉強させるようにしなければならないのです。ここが教えるということの難しいところですね。教師は当然その学問に興味があるわけですから、「この学問は楽しいもの」と思っていますが、生徒の方はダルイ学問と思っていることが少なからずあります。その考え方の差に気づかないとなかなか生徒の成績が伸びないことが多いですね。

 視覚的な化学教育という点で実験をさせて反応を自分の目で見させるというのは当たり前すぎるので、触れませんが、私が一度考えたことがあるのは量子化学計算のプログラムを化学教育に導入するのはどうだろうか、というものです。もちろん主に使うのは教員ですが、生徒であってもFacioなんかでPDBのデータを見ることはできます。分子モデルをコンピュータ上で見るということの利点はいくつかあります。1つは分子構造の模型がいらないことです。要は嵩張らなくてお金がかからないということです。もう1つは面白いということです。単に分子をグリグリ動かすだけなのですが、ゲームみたいで楽しいと思ってもらえると思います。また、教員はIRC計算によって解析した化学反応の動画を見せてやるのも良いと思います。

 つらつらと冗長に書きましたが、要するに「視覚的な面白さ」というものが生徒に興味を持たせる良い方法の1つではないか、それを積極的に授業に導入していくのが良いのではないか、ということです。ナノプシャンどこいったという感じですが、この辺で終わります。