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H2Oはsp4混成軌道?

(著)山たー

軌道を混成する際の比率は整数でなくてはならないのだろうか。例えばH2O分子の結合角は104.5°である。結合角から考えて、sp2混成とsp3混成の間であることは分かるが、これを何々混成と表すことは出来ないだろうか?ここで水分子に対して次のような座標軸をとってみよう。

ここで$\theta=104.5^\circ/2=54.25^\circ$とし、2つの混成軌道を $$ \begin{cases} \psi_1=N[\gamma\cdot2_s+(\sin⁡\theta)\cdot2p_y+(\cos⁡\theta)\cdot2p_z]\\ \psi_2=N[\gamma\cdot2_s-(\sin⁡\theta)\cdot2p_y+(\cos⁡\theta)\cdot2p_z] \end{cases} $$ とおく。ただし$\gamma$は定数、$N$は規格化定数である。$\gamma$かつ$N$を求め、$s$軌道と$p$軌道の混成比率を求めることを目標とする。
まず直交条件は $$ \int {\psi_1}^\ast \psi_2 \ d\tau=0 $$ である。原子軌道は全て規格直交系であるので \begin{align*} N^2(\gamma^2+\cos^2\theta-\sin^2\theta)=0\\ \gamma^2+\cos^2\theta-\sin^2\theta=0\Leftrightarrow\gamma^2=-\cos2\theta\ \ \cdots(A) \end{align*} が成り立つ。次に規格化条件は $$ \begin{cases} \displaystyle{\int {\psi_1}^\ast \psi_1\ d\tau=1}\\ \displaystyle{\int {\psi_2}^\ast \psi_2\ d\tau=1} \end{cases} $$ である。2つの式は同値で、直交条件のときと同様な計算をすると、 $$ N^2(\gamma^2\cos^2\theta+\sin^2\theta)=N^2(\gamma^2+1)=1\ \ \cdots(B) $$ が成り立つ。ここで$\theta=52.25^\circ$より $$ \sin\theta\simeq0.7907,\ \cos\theta\simeq0.6122 $$ であり、(A)より、 \begin{align*} \gamma^2=-\cos(104.5^\circ)\simeq0.2504\\ \gamma\simeq0.5004\ \ (\because \gamma\geq0) \end{align*} となる。これらの数値を(B)に代入してすると $$ N^2=(\gamma^2+1)^{-1}\simeq(0.2504+1)^{-1}\simeq0.7997 $$ となる。座標軸のとり方から$N$は正の値であるので、 $$ N\simeq0.8943 $$ である。よって以上から $$ \begin{cases} \psi_1=(0.4475)\cdot2_s+(0.7071)\cdot2p_y+(0.5475)\cdot2p_z\\ \psi_2=(0.4475)\cdot2_s-(0.7071)\cdot2p_y+(0.5475)\cdot2p_z\\\end{cases} $$ となる。したがって軌道の混成比率は、s成分は、 $$ (0.4475)^2\simeq0.2003\simeq0.2 $$ p成分は、 $$ (0.7071)^2+(0.5475)^2\simeq0.7997\simeq0.8 $$ となる(ただし(B)を考慮すると$p$成分は$N^2$に等しいので、$s$成分は$1-N^2$として計算しても良い)ので、結局s0.2p0.8混成軌道といえる。 これを整数比にしてやってsp4混成軌道としてもよいが、s軌道1つにp軌道4つという意味ではないことに注意しなければならない。

 

  このようにして混成軌道を「作る」ことができるが、冒頭に述べたように混成軌道はあくまで説明のための概念であることに注意しよう。また水分子の結合角についての以上の議論は構造の説明であって、「何故そのような結合角になっているのか」、ということの説明ではない。H2O分子の結合角が104.5°になっているのは、勿論そうなっているほうがエネルギー的に安定であるからだが、どうしてエネルギー的に安定となるかの説明は様々である。有名なものだと次の2つである。

 

①2つのp軌道がなす角である90°から水素の陽荷電によって反発して角拡大が生じている(Paulingの説)

②sp3混成の109°28’から非共有電子対と共有電子対の反発によって角縮小が生じている(原子価殻電子対反発則 (Valence-Shell Electron-Pair Repulsion Theory:VSEPR))

 

どちらの方が優れているのだろうか?様々な教科書をみると②が大人気である。ただし、①もそんなに悪くはないと個人的には思う。①に関して、詳しくは以下を参考にして欲しい。

Michael Laing,1987,No rabbit ears on water. The structure of the water molecule: What should we tell the students?,J. Chem. Educ., 1987, 64 (2), p 124DOI: 10.1021/ed064p124